平野晴子 hirano haruko


 

●著者略歴

1942年生まれ 山形県出身
方言詩集『雪の地図』、詩集『質問』
中日詩人会 詩誌「蕊」「加里」所属

 

●『黎明のバケツ』あとがきより

 病を得た夫のことは書きたくなかった。書くまいと思っていた。病名を告げられてから、七年間書けなかった。日常生活のあくせくのなかで書いていた私にとって、いつかは書く成り行きだったのかも知れない。ためらいの中で一つ書くと、ためらいが薄れ、夫と付き合う大切な方法となっていった。作品のほとんどは、ここ二年の間に書いたものである。
 夫の発する断片的な言葉、繋がらない行為、職場への執着、居ない人が立ち現れる妄想は、老いた脳と萎縮した海馬そのものの姿なのであろうか。言葉の瓦礫のような断片を拾うと、欠け口から、傷ついた真実のようなものが鈍く光っているようで、はっとさせられたりした。何の疑問もなく使用していた洗面所やトイレでの戸惑い、奇妙な行為は厄介であったが、日頃から時代遅れの人だったのでと諦めながら、ちゃかり題材にしてしまっていた。許されると思いたい。