平野晴子 hirano haruko
●著者略歴
1942 年生まれ 山形県出身
方言詩集『雪の地図』、詩集『質問』
詩集『黎明のバケツ』(第 56 回中日詩賞、第18回小野十三郎賞特別賞)、詩集『花の散る里』
中日詩人会 詩誌「蕊」「詩素」「塩」所属
●『黎明のバケツ』あとがきより
病を得た夫のことは書きたくなかった。書くまいと思っていた。病名を告げられてから、七年間書けなかった。日常生活のあくせくのなかで書いていた私にとって、いつかは書く成り行きだったのかも知れない。ためらいの中で一つ書くと、ためらいが薄れ、夫と付き合う大切な方法となっていった。作品のほとんどは、ここ二年の間に書いたものである。
夫の発する断片的な言葉、繋がらない行為、職場への執着、居ない人が立ち現れる妄想は、老いた脳と萎縮した海馬そのものの姿なのであろうか。言葉の瓦礫のような断片を拾うと、欠け口から、傷ついた真実のようなものが鈍く光っているようで、はっとさせられたりした。何の疑問もなく使用していた洗面所やトイレでの戸惑い、奇妙な行為は厄介であったが、日頃から時代遅れの人だったのでと諦めながら、ちゃかり題材にしてしまっていた。許されると思いたい。
●『花の散る里』あとがきより
続「黎明のバケツ」となったこの詩集は、夫との日々を最も深く共有した時間でした。今となっては、魂の健やかならむことを祈るのみです。
村野保男氏には、多くのことを学ばせて頂きました。深く感謝申し上げます。
●『有為の奥山けふこえて』あとがきより
前詩集から六年たちました。老いることは、体が不自由になっても、心は自由になることのようでもありました。いろいろなものを手放しました。今残っているのはこの一冊の詩集と残りの時間のように思われます。不可思議な言葉は失くしたものに触り、残りの時間のその向こうに触らせてくれるようでもあります。詩集はしばらくは傍にいてくれるでしょう。穿けなくなったジーパンのように仕舞っておきたいと思います。