二条千河 nijo cenka


 

●著者略歴

二条千河(にじょう・せんか)
北海道札幌市生まれ。
東日本大震災の前年から北海道胆振東部地震の翌年までを白老町で過ごす。
詩関係受賞歴:札幌市民芸術祭奨励賞、文芸思潮現代詩賞優秀賞、詩のボクシング北海道チャンピオン等
詩集:『赤壁が燃える日─現代詩「三国志」─』(2005年)、『宇宙リンゴのID』(2011年)
公式サイト 
http://www.nijogawara.squares.net/

 

●「あとがき」より

鬱蒼とした森の中を一人で歩いていた私は、散策路の途中でふと足を止めた。
木漏れ日の差し込む林床に横たわる、苔むした倒木。朽ち果て空洞化した幹の内部には底知れぬ深い闇が溜まり、目には見えない微生物たちの濃厚な気配が満ちている。ああ、ここに宇宙がある、と思った。
大都市札幌での生活に区切りをつけ、ほぼ真南の太平洋岸にある白老町へ移り住んだのは、二〇一〇年の七月。知り合いの一人もいない町だったが、私が住環境に望むものはひと通りそろっていた。たとえば閑静な湖沼と森、ぽかんと開けた空、空き地だらけの景観、しっかりと暗い夜。
いずれも過疎地と呼ばれる地域なら、特に珍しくもないものばかりだ。腐りかけの倒木もまた、全国どこにでも転がっているだろう。しかし引っ越しから間もない夏の日、ポロト(アイヌ語で大沼の意)と呼ばれる湖の奥の美しい森であの一本の朽ち木と向き合ったひとときは、やはり自分にとって特別な時間だったように思う。本書冒頭の「Universe」が生まれたのは、それから四年後のことだ。
他二十二編の収録作も、すべて同町で過ごした十年足らずの間に制作・発表した中から選んだ。どの作品も虚構の物語ではあるが、読み返せば自然と執筆当時の暮らしが思い出される。空き地の多くが太陽光発電に有効活用され、湖畔には立派な国立博物館が竣工し、私がもう住んでいない町にかつてあった、今はなき時空。言うなれば本書はその遺物、亡骸のようなものだ。
実体なき電子コンテンツが軽やかに宙を飛び交う当世、今さら形ある詩集などこしらえても無駄にかさばるだけかもしれない。だが生物の遺骸が分解されて生態系をとこしえに巡っていくように、いずれ灰になる運命の書物にこそ、実は無窮の可能性が秘められているのではないか──。